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鬼門とは


 鬼門が北東−南西軸にあり、一般に北東(いわゆる丑寅:乾の方角)を表鬼門、南西(未申:坤)を裏鬼門と呼びます。そして、この軸上に玄関や水周り、不浄なものなどを配置するのは家相や風水においてに凶であるというところまでは多くの方がご存知ではないでしょうか。しかし、よく考えると、玄関から不浄なものまでほとんど統一性がなく何を置いてもいけないとは、いささか無茶苦茶な気がしないでしょうか。本当のところは、世間で言われているような何もかも良くないだけというようなデタラメなものではなく、きちんと理屈もあり、回避の方法もあるのです。

 ここで、原点に戻る意味でも鬼門の謂れについて紐解いてみましょう。鬼門が言われるようになった家相の起源が古代中国にあったことは別項にも書きました。また、山海経という中国の物語を起源とするという説もあります。
 さて、古代中国における北東とはどういう方角でしょうか。この方角は、北方騎馬民族を中心とした異民族、すなわち、侵略の脅威を感じる方角です。また、南西は偏西風の吹く方角です。中国大陸における偏西風は日本の比ではなく、まさに脅威になります。このように、中国における北東−南西軸はまさに凶なる方角だったのです。
 また、陰陽道においても北から西の方位を陰、東から南は陽とされている。これは、太陽の動き、すなわち、日の出から日の入りまでの動きに則ったものである。そして、鬼門とされる方位はこれらの陰と陽が交わるところです。陰陽道においては、このような陰と陽が拮抗するような状態は不安定であるとされており、ゆえに、鬼門方位が凶であるとされています。ただし、逆にこのような場所は生命誕生のエネルギーを生む清浄で神聖な場所という言い方もされます。

 そして、実は日本においても北東方向や南西方向は脅威の方角であったともいえます。日本は北東から南西に伸びる島国であり、古来より近畿から関東エリアを中心として栄えてきました。そして、それら当時の統治者達にとって、北東方向、すなわち、東北、北海道方向は未開の地であり、脅威の対象であったのです。したがって、中国における鬼門思想がそのまま受け入れられることになったのです。

 したがって、鬼門に玄関などの出入り口を配置するというのは、侵略者、風を招きいれることになってしまうために凶とされたのです。細かなことを言えば、個々の家では風はともかく侵略者については当てはまりそうもありませんが、城や国全体を対象として考えると北東は凶であり、それを個々の家にまで展開したことになります。そして、その後、前述の陰陽道における生命誕生に通じる方位思想が加わって神聖視されるようになり、水周りや不浄物も凶というようになっていったと考えられます。

 これらの他にも家相や風水に関する説は様々であり、場合によっては矛盾した解釈となっているものも少なくありません。さらに、日本では現代でも鬼門は張りや欠けと並んで家相の中でも特に強く残っていますが、現代中国ではどちらかといえばあまり重要視されていません。
 そして、これらの説だけを取り入れるなら、何も不安を感じることはなく、風水も家相も無視すればそれで全て解決できるように感じられます。しかし、風水や家相の歴史は非常に長く、本当に何の差し障りも無いのであれば自然と廃れていったはずです。しかし、現実には現代に至るまで受け入れられ、生き残っているという事実は、それだけでは解釈できない何かが存在しているという事を示しています。これは、決してオカルト的な意味ではなく、今現在の知識では理解できていないだけの真理が存在していることを示しているという意味です。

 古来から現代に至るまで、様々な試行錯誤が行われる中で、経験的にそういったものを理解し、あるものは淘汰されながら体系付けられて残ったものが今の風水や家相であるといえます。そして、それらの中では、当然ながらその真の意味や経験的な知識から、対処法についても考えられてきました。宗教的側面を持った理由のひとつには、難しい風水や家相を理解しやすくするための一つの方法でもあったのかもしれません。にもかかわらず、現代のビジネス風水師や家相家は宗教的側面だけを強調するところに問題があるのです。

 本当の風水や家相は安易に全てを無視して良いものではありません。しかし、きちんとした意味の解釈を根拠にしながら、それを取り入れることで希望を叶えつつ、問題を回避できるのです。


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